当館のあゆみ(旧館の思い出)
見出し画像

当館のあゆみ(旧館の思い出)

2012年2月、突然本当の博物館を作れることになりました。松本の中心市街地の小さな蔵を使った、最初のリアル「日本ラジオ博物館」の記録です。サイトでイベントの紹介などを紹介していた「博物館ニュース」の再構成です。これ以前のあゆみに興味をお持ちの方は↓


博物館予定地下見 2012年2月


2月初め、松本の友人から、「店舗として使っていた蔵が空いているので、博物館をやらないか」との連絡があり、現地を見に行ったのが2月12日でした。天気は良かったのですがとにかく寒い日でした。

画像1

松本の中心市街地ですが、川沿いの裏通りに面した小さな蔵です。正面の壁は改造されて店舗になっていますが、築230年の江戸時代の建物です。北向きなので雪が残っています(これは博物館には好条件です)。

画像2

内部はミニライブができるようにステージが作られ、大きなウィンドウから中が見えるようになっていました。

画像3

1段上がったフロアにカウンターがあります。奥は調理場になっています。
この段差が後で大きな問題になりました。

下見と打ち合わせで、メンバーと主な役割分担、スケジュールを決めました。リアルな「日本ラジオ博物館」が始動した瞬間です。

開館準備始まる 2012年3月から4月

1階は基本的に大きな工事はせずにステージを少し延長し、展示棚を設置する程度にしました。動線の邪魔になる階段の位置は変更しました。

画像4

4月に入って大体の工事ができて、展示品を並べ始めたところです。元の喫茶店のテーブルを流用して展示台にしました。古い着物の布を張ったのは、雰囲気は良かったものの後でホコリに悩まされました。

画像5

奥を見たところです。当初の計画では観光客の休憩所兼喫茶コーナーをやる予定でした。このため、奥のカウンターといすがそのまま残っています。展示品が多くなることがわかって喫茶は中止になりましたが、カウンターは残されました。オープン当初は奥はポスターが展示してある程度でした。
この頃は深夜まで展示の準備に追われましたが、楽しい時間でした。

開館時の正面

ショーウィンドウと看板ができました。この看板は近所の骨董屋さんで購入したもので、明治時代のたばこの広告看板です。元の看板にも歴史的価値がありますから、裏返して裏側に文字を掘ってもらいました。看板は今でも使っていますが金色が落ちてだいぶ風格が出てきました。もう5月3日の開館予告が貼ってあります。

画像7

だいぶまとまってきた開館直前の写真です

画像8

後でテレビコーナーになった壁際には電蓄を並べました。「ラジオ博物館」にこだわって当初はテレビを排除していました。中央のRE-45は、まだ修復前なので塗装が剥げたままです。クレデンザを置いてレコードコンサートをやろうなどという話もありましたが、これはすぐ近くの時計博物館に任せることにしました。

パンフレットできる

最初のパンフ

パンフレットも作りました。デザインは今とあまり変わりませんが、最初は二つ折りでした。これを持って駅の観光案内所、松本城近くの市の観光センター、近くの博物館やホテルにあいさつに行ったら、どこも快く置かせていただけました。東京ではこうはいかなかったでしょう。以後、パンフを切らさないように補充しながらあいさつしていくのが「営業活動」になりました。

いよいよオープン 2012年5月3日

画像9

ゴールデンウィーク中の5月3日、オープンの日です。最後のチェックと掃除を済ませて、向かいの神社にお参りに行きました。たくさんのお花をいただき、華やいだ雰囲気の中で初日に22名のお客様(知り合いが多かったですが・・・)、報道関係者の取材が8件ありました。結果、各紙の県内版で紹介いただきました。ゴールデンウィークだけで100名近い来館があり、とりあえず順調な滑り出しでした。当初は入館料が大人400円、開館時間は月曜を除く毎日13時から17時、年末年始休み、というものでした。

これを5名のボランティアで回していたのでとにかく人員の確保は大変でした。中町という観光地の一角にあって商店会にも入っているのでいい加減に人がいないから閉めるというわけにはいきません。

初のリニューアル、1960年代の展示を充実 2012年6月30日

画像10

初めての大きなリニューアルを行いました。喫茶店時代の名残のカウンターを撤去し(実は向きを変えて展示台の土台にしてます)、正面に展示ケースを増設しました。それまでは左の小さな展示ケースで1949年から1960年代まで展示していて窮屈だったたのですが、新しいスペースに1960年代のラジオをまとめることで、バランスの良い展示になりました。

実はこの作業は、土曜日の17時に閉館してから翌日午後のオープンまでに済ませました。ガラスや材料の準備はしてあったのですが、ケースの組み立てに深夜までかかり、展示まですべて終わったのは開館10分前くらいでした。

リニューアル第2段、テレビコーナーを新設 2012年8月1日

TVコーナー120826

トランジスターラジオを展示すると、同時代のテレビを展示しないと説明に困ります。電蓄コーナーを整理してテレビを展示しました。これもいつもの「一晩リニューアル」でやりました。

初めての寄贈 2012年8月

画像12

初めて館として寄贈をいただきました。近所の方が蔵から引っ張り出して持ってきてくれました。長野放送局が始まった時に買ったラジオとのことです。大切にしまわれていたらしく、掃除が必要ないくらいきれいでした。
現在でも常設展で展示しています。

来館者500人突破 2012年10月7日

画像13

オープンから5か月、夏休みの繁忙期もこなし、この受付からの眺めも見慣れてきた10月、500人目のお客様を迎えることができました。

館の前は川を挟んで四柱神社があります。この四季の風景を見続けました。
サイトの博物館の案内のページの写真を季節ごとに変えていました。

shurine春

春は桜が咲きます

画像15

秋は紅葉がきれいです

画像16

雪の日の写真、豪雪地帯に見えるのでこの写真はあまり使いませんでした

shurine冬

ふだんの冬の日の写真です。年内はほとんど雪は降りません。

ライトアップはじまる 2012年10月21日

画像19

店舗時代からあった照明を復活させて建物をライトアップしました。周囲が暗いのでショーウィンドウも深夜まで点灯しました。飲んで帰る人たちに注目されていたようです。当時のアナウンスには「節電の必要がある場合は消灯します。」とあります。まだ震災の影響で節電ムードが残っていた時代です。

改装とリニューアル 2012年11月24日

画像20

最初は玄関を入るとすぐに展示が見えてしまい、動線が定まらず、受付の業務に支障が出ていたので、左側に簡単な壁を作って視線をさえぎりました。この壁はメンテナンスのために可動式になっています。やっとエントランスらしい空間になりました。

つまずく人が多かった奥の床の段差は解消しましたが、元のステージが無駄に広がっていて邪魔になっていました。こうしてみると中央部がずいぶん広々としています。

画像21

70年代以降の展示を増やすために無理やり小さなガラスケースを増築しました。狭い空間をぎりぎりまで使う工夫のはじまりです。ラジカセ、BCLラジオ、ナショナルの薄型ラジオ「ペッパー」を展示しました。

オープンの年も年末を迎えました。こうしてみると常に進化し続けた博物館でした。最初のころの、奥に何もなかったころに来ていただいたお客様には申し訳ない限りです。はじめての年末年始のお休みを過ごすことができました。

2階特別展示室の整備 2013年2月

年が明けると、いままで事務所と収納スペースに使っていた2階を本格的に展示室にする工事が始まりました。

画像22

壁を作る前の事務スペース。狭いですが眺めが良く、静かで妙に落ち着く快適な空間でした。

画像23

工事と特別展の準備が同時に続く2階展示室。展示台はここで木枠を組み立てて、IKEAのテレビ台を落とし込んで照明を付けたオリジナルの家具です。
今でも新館で使っています。

最初の特別展「ラジオ少年の時代」展開催 2013年4月27日

ラジオ少年の時代展

最初の特別展「ラジオ少年の時代」を開催しました。2階展示室のオープンに合わせて入館料を100円値上げして500円としました。くわしくは↓

入館者数1000名突破 2013年9月21日

9月で、オープンからの来館者が1,000名を超えました。ご来館いただいた皆様、ご協力いただいた皆様には感謝しかありません。
残念ながら後から気づいたので1,000人目のお客様に記念品を差し上げるなどはできませんでした。

「2013年度収蔵品展」スタート 2013年12月14日

展示写真1

2回目の特別展は収蔵品展、外国製ラジオと、最近寄贈いただいた品物を中心に展示しました。くわしくは↓。

2013収蔵品展

このときは「未来の博物館のために」というコーナーをつくって、1970年代からつい最近までの、まだそれほど珍しくないテレビやラジオなどを展示しました。現在は粗大ごみや中古品扱いの電気製品でも、時間がたてば入手は困難になります。アンティークに見えない家電製品も大切にして、いらなければ寄贈してくださいというメッセージのつもりでした。この時はリサイクルショップの店先のようだと思ったものですが、8年経ってから見ると、このあたりの品物もかなり古くて珍しいものになっています。

こうして2年目もぶじ年末を迎え、1,200名を超える来館者をお迎えし、ホームページも12万ヒットを超えました。

記録的大雪 2014年2月

画像27

2014年の冬は記録的な大雪でした。想像されるほど松本は雪が降りません。市内で20センチも積もれば大雪ですが、2月8日に49センチ、翌週の17日には観測史上2位の75センチの積雪があり、除雪した雪の山が消える前に積もってしまって建物に入れなくなりました。ガラケーの小さな写真が時代を感じさせます。

長期間にわたって鉄道、高速だけでなく一般国道まで通行止めになり、山梨から長野にかけて広い地域が陸の孤島になりました。当館では15日と16日を臨時閉館としました。半日がかりで除雪して18日は何とか開館しましたが、県外との交通機関の復旧は22日以降でした。はじめての災害による臨時閉館でした。

「高度成長の記憶」展スタート 2014年4月26日

高度成長展

2014年前期の特別展では、昭和30―40年代の高度経済成長期のラジオ、テレビを展示しました。真空管からトランジスター、ICへと電子技術が急速に進歩する中で激変し、発展した歴史を紹介しました。
また、2020年東京オリンピック招致を記念し、50年前の東京オリンピックと、1970年の大阪万国博の資料も展示しました。くわしくは↓。

「ラジオのデザイン」展スタート 2014年11月22日

2014デザイン展

この特別展では、1920年代から1980年代までのラジオのデザインの変遷に着目し、戦前期のアメリカ製品を中心とする代表的製品および戦後についてはグッドデザイン賞受賞作品を中心に日本の工業デザインの歴史に残るテレビ、ラジオを展示しました。

3年目をぶじ終えて、開館以来1,800名を超えるお客様にご来館いただき、ホームページも14万ヒットを超えました。

NHKテレビで紹介されました 2015年2月/3月

2月10日と3月10日の2回、NHK長野放送局のローカル番組「イブニング信州」(午後6:10-7:00)の中で当館が紹介されました。2日にわたる大がかりな取材でした。

「工芸の五月」に参加 2015年5月

工芸の五月ロゴのみ

松本は工芸品の製作が盛んな土地です。「工芸の五月」は、松本市内の美術館、博物館、ギャラリー、クラフトフェアなど50以上の施設が参加して、工芸に関する企画展などを開催するものです。

ラジオは工業製品なので「工芸」とは違う世界では?と思われるかもしれませんが、大量生産の電気製品も、それがたとえコンピュータを使ってデザインし、自動機で生産していたとしても、それは「人間」が作ったものです。SFの世界のようにコンピュータが勝手に自動機で生産するようになれば話は別ですが、人間が企画、設計、生産する限り、それは「クラフト」だと考えます。2015年から、当館もギャラリーとして認めていただき、参加させていただけることになりました。

普段は年配の男性が多い当館も、期間中は若い世代の方や女性のお客様が目立ちました。これ以降、続けて毎年参加しています。

「ラジオと戦争」展スタート 2015年7月15日

2015戦争展

この特別展では、1933年のナチスの国民型受信機から戦時中の日本と各国のラジオ、終戦直後の復興期のラジオと関連資料を展示しました。この展示では、このようなラジオと戦争のかかわりを実物の機器と文献によって伝えるようにしました。

この企画展は開催期間を11月末までから翌年初めまで延長しました。好評だったということもありますが、年2回開催が厳しくなったということも大きな理由でした。企画展示室が一つしかないので準備中は閉鎖しなければならず、パンフレットの印刷や展示の準備などのコストもかさみ、問題点が見えてきました。年1回体制へのテストの意味合いもありました。

2015年末にはオープン以来、2,500名を超えるお客様にご来館いただき、ホームページも17万ヒットを超えました。

柴山 勉コレクションを受け入れました 2016年2月

2016柴山

日本でも有数のアンティークラジオのコレクター、故・柴山 勉様の収集品を、ご遺族のご好意により、当館でお預かりすることになり、2016年2月13日、ぶじ当館の収蔵庫に搬入が完了しました。写真は膨大なコレクションの一部です。当館のコレクションで手薄だった1920年代の収蔵品が一気に充実しました。

「ラジオをつくる」展スタート 2016年3月19日

2016つくる展

大正時代の探り式鉱石ラジオから70年代の電子ブロックまで、アマチュアが自作したラジオの歴史をたどります。また、2014年に寄贈いただいた1954年に松本で開局したアマチュア無線局JA0EA局の設備、資料を展示しました。すべて手作りのアマチュア無線局の設備及び書類一式が完全に残った貴重な資料です。くわしくは↓

地図に載る

街歩きマップ2019

松本市発行の「松本街歩きマップ」に掲載されました。
石の上にも3年と言いますが、3年経って、地図に載る存在になれるくらいに認められました。これはうれしかったです。ゼンリン様からも連絡があり、ナビの地図にも載りました。2020年の移転で、当館の現在の場所はこの地図の範囲から外れてしまいましたので、残念ながら地図からはなくなりました。

2016年末には3,000名を超える来館者をお迎えすることができ、ホームページもあと少しで20万ヒットというところまで来ました。2017年からはブログを開設し、日々のニュースはこちらに移行しました。↓

追伸、旧館のその後 2021年6月5日

当館が移転してからしばらく空き家になっていた蔵ですが、最近、新しいお店が入ることになったらしく、準備をしているところのようです。この時期の開店は大変だと思いますが、見守っていきたいと思います。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ありがとうございます。うれしいです。
日本でラジオ放送が始まって95年を超えました。当館では日本製のラジオを中心にオーディオ機器など歴史的に貴重な製品及び関連資料を、放送の歴史の流れに沿って分類、整理してネット及び長野県松本市の博物館で公開しています。タイトル写真は展示室の様子です。